荒谷 大輔著
『ラカンの哲学―哲学の実践としての精神分析』
(講談社 2018 年)
「ジャック・ラカン(一九〇一- 八一年)ほど、読まれるべきで実際にはほとんど読まれていな い『哲学者』はいないのではないか」(九頁)―ラカンをめぐる現状についてのこうした問題意識、筆者自身の言葉によれば「嘆き」が、本書が執筆された動機であるという。この「嘆き」が意味するところは一体何なのか、まずはその点について評者なりに考えてみたい。この「嘆き」を耳にして、疑問を抱く向きもあるだろう。実際、パリの書店に行けば、フロアの一角でラカンを論じた書物が棚を丸ごと埋めている光景を目にすることができる。「精神分析」の棚の隣に、「ラカン」の棚が設置されているところもある。だが、著者によれば、ラカンはこれまで「テクスト・クリティークの対象となってこなかった」(一六頁)という。
評者には、この見解にはある種の補足説明が必要であるように思える。というのも、ラカンの仕事の全体像を、細やかなテクスト読解をつうじてあきらかにする試みは、これまでにもなされてきたからだ。例えば、Erik Porge, Lacan, un psychanalyste : Parcours d’un enseignement (érès, 2000) などは、そうした試みの成果であり、ラカン研究における大きな貢献だったといってよい。あるいは、 Pierre Bruno, Le père et ses noms (érès, 2012) のように、個別の概念や問題系に焦点を合わせてラカンのコーパスを再検討する方法を採った、精度の高い研究も複数存在する。しかも、こうした研究の蓄積の進展は、必ずしも本国フランスに限定されない。日本語でアプローチできる最近の例をひとつ挙げておくならば、上尾真道『ラカン 真理のパトス―一九六〇年代フランス思想と精神分析』(人文書院、二〇一七年)は、ラカンのコーパスを幅広く、そして綿密に踏査しなければ成し得なかったきわめて重要な仕事だといわなければならない。したがって、ラカンは読まれるべくして読まれている、いや、読まれつつあるとみることもできるはずである。
ラカンのテクスト・クリティークの必要性を力説する著者は、こうした重要な先行研究がもたら
した豊かな成果を熟知しているのだろう。それでもなお、うえのような「嘆き」を共有するよう読者を誘うのには、もちろん理由があるはずだ。つまり、著者の問題意識は、こうした現状の肯定的な側面とは距離を置いたところにこそ注がれているとみるべきである。評者の考えでは、ラカンの精神分析思想をひとつの哲学として読み解くこと、それどころか、ひとりの哲学者としてラカンを
位置づけることを目指すという本書の特色は、この点に密接にかかわっている。「通常の哲学のプラットフォームでラカンが読まれることを企図する」(一六頁)という本書の方法論が投げかけているのは、哲学というフィールドのなかで、あるいは哲学研究のコミュニティのなかで、ラカン本人のテクストがあまりにもおざなりにされているのではないか、という痛切な問いかけである。
公正にみるならば、とりわけ二〇世紀の哲学は、精神分析との関係―そこから何かしら本質的な教えを受け取るにせよ、それに対して批判的な距離を取るにせよ―を抜きにして考えられないといってよい。ましてや、少なくとも一九六〇年代以降のフランス哲学は、精神分析との、なによりラカンとの対話(あるいは葛藤)の痕跡を必ずどこかに留めているという事実に、気づかないわけにはいかない。例えば、ジル・ドゥルーズの『意味の論理学』が、あるいはジャック・デリダの
『絵葉書』が、ラカンを読むことなしに、果たしてどうやって読まれ得るだろうか。この点はどれ ほど強調してもしすぎることはない。それにもかかわらず、哲学研究のなかでラカン自身のテクストは「実際にはほとんど読まれていない」―評者は、筆者のこの「嘆き」を確かに共有している。
したがって、本書が目指しているのは、ほかの誰でもなく(研究者を含めた)哲学の読者たちが、プラトンやカントを注意深く読むのと同様の態度で、ラカンのテクストに直接向き合うことなのだ といえるだろう。逆にいえば、精神分析を固有の領域としてとらえ、フロイトやラカンの理論をひとえに分析実践との緊張関係において扱うことをつねとする者にとっては、本書を読み解くことはかえって難しいかもしれない。これについては、様々な立場からの意見と議論が俟たれるところだろう。
ラカン自身が、プラトンやアリストテレス、デカルト、カント、ヘーゲル、ハイデガーに至るまで、様々な哲学者の議論を繰り返し参照したことはよく知られている。その背景には、一方では哲学史 的な射程のもとでフロイトの功績を引き継ぐという野心が、他方では「精神分析とは何か」という根本的な問いを、他の知的・社会的実践との対峙をつうじて推し進めてゆく意志があった。少なくとも、ラカンが一九七〇年代に「反哲学antiphilosophie」を旗印として、精神分析による(ある種の) 哲学の転覆を公然と打ち出してくるようになることの意味をとらえるためには、そのように考えざるを得ない。つまり、ラカン派精神分析において哲学との格闘というのはそれ自体が大きなテーマのひとつであり得るのである。
それゆえ、本書を手に取る読者のなかには、そのタイトルから、「ラカンが哲学について何を語ったか」を概観することを期待するひとがいるかもしれない。しかしながら、本書はそうしたラカンの議論(ラカンの「哲学」論)には一切触れていない。著者によれば、それは方法論上の選択であり、ひとつの態度表明である。つまり、「ラカンが哲学について何を語ったか」を論じるのではなく、ラカンのテクストそのものを哲学として扱うことこそが必要であるということだ。したがって、本書は哲学にフォーカスしたラカン論というより、むしろ著者がラカンを読むことで独自に発想した問いの数々を、それと関連し得る哲学史上のコンテクストに接続しつつ展開した仕事として位置づけられるべきだろう。本書のアプローチの独特さゆえに前置きが長くなってしまったが、こうした点を踏まえて、本書が扱うトピックについてごく大雑把にでも筋道をつけておくことは、無駄ではないだろう。
本書を構成する全六章にはそれぞれ、唯物論、言語論、発生論、数理論、実践論、生成変化というタイトルが付されている。
第一章では、フロイトが「一心理学草案」で構想した心的装置とラカンの鏡像段階論が取り上げられ、カント的な主体の成立プロセスそのものを問いに付す点に精神分析の可能性の中心があるという、著者の基本的なテーゼが示される。こうした議論からは、ニューロン間のエネルギー伝達という物理学的モデルによって心的なものの構造をとらえるという、最初期フロイトのアイディアの射程の大きさを再認識できるだろう。
第二章は、ヘーゲルの「主人と奴隷の弁証法」を軸として、フロイトのいう「自我理想への同一化」という契機や、ラカンの「光学シェーマ」、「シニフィアン」を中心とした象徴界の理論などを結びつけつつ、その内実を検討するものである。ソシュール言語学の受容という観点からラカンの言語論に関心をもつ読者は、この章を出発点として本書を読むこともできるかもしれない。
第三章は、父、母、子そしてファルスの四項からなるエディプスコンプレクスの再定式化と、「フ リュストラシオン」、「剥奪」、「去勢」という対象欠如の三形態、そして六〇年代の理論的成果を凝 縮しているといってよい「欲望のグラフ」など、ラカンの読者には馴染み深い基本的な論点を扱う。
第四章では、「メタ言語はない」というラカンのテーゼを導線として、ラッセルやフレーゲ、クリプキの議論との比較検討がなされる。この章は、「分析哲学」と呼ばれる系譜に属することになる論理学的な知のほうからラカンにアプローチする試みのひとつとして、日本ではいわゆる「大陸哲学」との関係から語られることのほうが多いラカンと哲学というテーマの広がりを感じさせるだろう。だが、フレーゲのいう意味でのBedeutung を参照しつつ「対象a」の概念を練り上げるラカン独自の議論(一九六五- 一九六六年のセミネール『精神分析の対象』で展開された)にまったく言及がないことなど、かえってこの広がりを損なってしまうようにみえる点もないわけではない。第五章は、「疎外と分離」や、「パス」と呼ばれる精神分析家養成をはじめとした学派の機能その ものにかかわるラカン派独自の制度的装置、そして「四つのディスクール」など、タイトルのとおりラカンの考える精神分析実践の本質に直接かかわる主題を扱う。一九六四年の「破門」(ラカンが国際精神分析協会から教育分析家の資格を剥奪され、組織としてのラカン派の誕生に至った一件)以降いよいよ先鋭化してゆくことになる、ラカンによる精神分析の自己規定にかかわるという意味において、本書のなかでは例外的に、哲学よりも精神分析のほうに近い章であるといえるかも
しれない。
第六章は、タイトルこそ、いわゆる「現代思想」に関心をもつ向きにはドゥルーズ=ガタリ的な意味でのdevenir を連想させるかもしれないが、内容としては七〇年代のラカンが取り組んだトポロジーすなわち「ボロメオの環」にかんする読解や、「性関係の不在」や「女の享楽」などの『アンコール』(一九七二- 七三年)のセミネールで前景化してくる主題、そして、主体の真の支えとして分析の終結をしるしづけ、あくまでも解消不可能なものに留まる症状としての「サントーム」といった、ラカンのキャリアの後期に位置づけられる一連の仕事を扱うものである。
このように、各章で様々なフックを織り込みつつ、ラカンの議論に着想された種々の論点をあえて哲学の問題として提示する、というところに、本書の特徴があると思われる。したがって、各テ
ーマに関心を寄せる読者たち、例えば論理学や言語学といった精神分析以外のフィールドを専門とする研究者たちが、それぞれなりの入口から本書を読み、そこで展開される議論について検討することが、著者の労にかなう最良の方法となるだろう。そこで評者としては、紙幅の関係上、多々あり得る論点のうちひとつを選んで、ささやかながらその検討の端緒を示しておきたい。ここで取り上げるのは、第五章のなかの次のような一節である。
既存の秩序のあり方から距離をとり、満たされない欲望の実現を目指して新しい秩序を構築しようとするヒステリー者は、それゆえ、ある意味では「革命」を求める者にほかならない。一九六八年五月の熱狂の中でのパリ第八大学の集会に乗り出したラカンは、革命を求める学生たちにヒステリー者を見出している。「革命家としてのあなたがたが熱望しているのは、一人の主人です。あなたがたは、その主人をもつでしょう」(S-XVII, 239)。しかし、別の主人を立てるだけなら、別様のシステムにおいて搾取の論理を繰り返すだけになってしまう。「〔パリ第八大学で「革命家」を自任する〕あなたがたは、その体制において資本家の機能を演じているのです」(S-XVII, 240)。(二一〇- 二一一頁)
この一節は、ある程度ラカンのテクストに馴染んでいる者にとっては、いくつかの疑義を抱かせるものであるように思われる。著者がここで引用しているのは、一九六九年一二月三日、「六八年五月」の叛乱の熱が冷めやらぬなかでヴァンセンヌに集った学生たちに対して、ラカンが放ったアイロニカルな言葉である。「五月」の出来事が勃発した当初、ラカンは学生たちに強いシンパシーを寄せていたが、このシンパシーは長くは続かなかった。件のヴァンセンヌでのやり取りの記録には、当時すでに辛辣なものとなっていたラカンの「五月」への評価が生々しく刻まれている。その背景のひとつには、エドガー・フォールによる高等教育改革によって、あっけなく叛乱の幕引きが図られたことへの深い落胆があった。いうまでもなく、ヴァンセンヌ実験大学センター(七一年にパリ第八大学に改組)は、この改革によって産み落とされた「新しい大学」にほかならない。
まず、うえで示した一節に含まれる二番目の引用は、原文では « car vous jouez la fonction des ilotes de ce régime » となっているから、正しくは「というのも、あなたがたはこの体制の奴隷の役 割を演じるのだから」と訳すべきである。ラカンがここで問題にしているのは、ポスト「六八年」の体制、すなわち、市場原理が隅々まで浸透した大衆消費社会のなかに、大学が丸ごと取り込まれるような体制である。大学はそこで、「剰余享楽」の飽くなき生産によって回転し続ける市場の担い手として、学生を飼い馴らす以上の役割を果たし得ないだろう。こうした体制のもとで、学生は避けがたく「奴隷ilote」のポジションを背負わされることになる―このような暗い展望こそが、ヴァンセンヌにやってきたラカンを捕えている。こうした文脈を踏まえれば、学生たちに「資本家の機能」をみるのは単純な誤訳であるのみならず、ラカンの発言の意図を著しく歪める可能性があると言わざるを得ない。
くわえて、当時「革命」を熱望した学生たちをラカンのいう「ヒステリー者のディスクール」
に引きつけてとらえる見解にも、いささか無理があるように思われる。いま足早に確認した文脈
からして、ラカンの発言の念頭にあるのは、「大学のディスクール」が、資本主義システムのなかでいっそう強く力を振るう「主のディスクール」とのあいだに結ぶ共犯関係であると考えるべきではないだろうか。そこでは、知が商品として消費されるとともに、学生たちもまた「単位」をつうじてひとしなみに価値づけられ、今度は彼ら自身が商品となって市場に送り出される。このプロセスにおいて、主体は自身に固有の真理から決定的に隔離され、やがては精神分析が拠って立つべき主体のポジションそのものが放逐されることになる。まさにこの認識が、大学で生産され、流通する知への弛まぬ批判へとラカンを駆り立てるのである。実際、ポスト「六八年」の大学にかんするラカンの同様の見立ては、「井の中の改革」や「アニカ=ルメールの学位論文への序文」(いずれも一九六九年に執筆)でも繰り返し示されている。
評者があえてこの論点を取り上げたのは、うえのようなラカンの大学批判が(大学的な知の代表格として君臨しているかぎりでの)哲学への批判と厳密に並行しており、なおかつ、市場に取り込まれた大学をめぐる問題は、今日の日本においていっそう顕在化してきているように思われるからである。事実上、哲学という営みが大学という制度と分かちがたく結びついているかぎり、哲学を自身のフィールドとして引き受ける者、とりわけ大学に属する研究者や学生は、みずからを陰に陽に方向づけているこの制度が一体何に奉仕しているのか、という問いと無関係ではあり得ない。大学的な知をめぐって発されたラカンの言葉の数々は、私たちがこの問いと対峙するとき、確かに
「読まれるべき」ものである。筆者が述べるように、「哲学がたんなる文献研究を越えて、その暴力的な使用を批判しなければならない地点に、われわれは立っている」のである(二六九頁)。
(工藤 顕太)
Comments
Post a Comment