農業攻撃の本質を 見極めよう 2024/03/01
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農業攻撃の本質を 見極めよう 2024/03/01
鈴木宣弘 東京大学大学院 教授
すずき・のぶひろ/ 1 9 5 8 年三重県生まれ。東京大学農学 部卒業後、農林水産省入省。農業総合研究所研究交流科 長、九州大学教授などを経て、2 0 0 6 年より現職。食料安 全保障推進財団理事長。専門は農業経済学、国際貿易論。 『農業消滅 農政の失敗がまねく国家存亡の危機』(平凡社新 書)、『協同組合と農業経済 共生システムの経済理論』(東京 大学出版会)ほか著書多数。
2 0 2 4 年 1 月、世界経済フォーラムの年次総会(ダボス会議)で、水田に水を張 る稲作そのものを否定し、農業や漁業が環境を破壊する犯罪行為だとする暴論が 飛び出した。プライベートジェット機でダボス入りして温室効果ガス排出を大き く増加させている人たちが農業を悪者にする欺瞞も指摘されている。何のため に、農業や漁業そのものを露骨に否定しようとするのか。透けて見える企業の思 惑を見逃してはならない。
■ 水田否定と「エコサイド」という極論
水田のメタンや牛のゲップが地球温暖化の「主犯」とされ、まともな食料生産 の苦境を放置したまま、昆虫食や培養肉、人工肉の機運が醸成されつつあるので はないかとの懸念を筆者は表明していたが、2024年1月中旬のダボス会議では 耳を疑う発言が飛び出した。
「アジアのほとんど地域では未だに水田に水をためる耕作が行われている。水田 稲作は温室効果ガス、メタンの発生源だ。メタンは CO₂ の何倍も有害だ」(バイ エル社 CEO)
「農業や漁業は『エコサイド』(生態系や環境を破壊する重大犯罪)とみなすべき だ」(ある環境団体)
この議論は、「工業化した農漁業や畜産を見直し、環境に優しい農漁業や畜産 に立ち返るべきだ」と主張しているのではなく、「農漁業、畜産の営み自体を否定 しようとしている」意図が強いことに気づく必要がある。
特に、稲作そのものを否定する攻撃が露骨になってきた。今、わが国でも水田 の水張りが問題視され、メタン発生の抑制のために、中干し期間の延長が要請さ れているが、中干しを長くすることは生態系の維持に反する。生物多様性を育む 稲作が悪者にされ、否定されるというのは大いなる矛盾である。さらに、我が国 では「手切れ金」を出すから水田を潰せ(畑地化せよ)という政策まで進められて いる。
有機・自然栽培を推進する人たちが、田んぼのメタンや牛のゲップへの攻撃を、 有機・自然栽培の方向性への「追い風」と思って同調してしまうことがあったら 危険である。世界的な農業攻撃は有機・自然栽培を推奨しているのではなく、農 業そのものを否定して、昆虫食や人工肉といった代替的食料生産の必要性に繋げ ようとしているのではないか。
それは陰謀論で片付けられない。現在、日本政府もフードテックへの投資を推 進するとしている。その論理は、温室効果ガスの最大の排出源は農業なので、遺 伝子操作技術なども駆使した代替的食料生産、すなわち、コオロギなどの昆虫食、 培養肉、人工肉、人工卵、陸上養殖、植物工場、無人農場などが必要だというも のである。
命や環境を顧みないグローバル企 業の目先の自己利益追求こそが温室 効果ガス排出の主因と思われるが、 その解決策として提示されている フードテックが、環境への配慮を隠 れ蓑に、さらに命や環境を蝕んで、 次の企業利益追求に邁進していない か。我々は本質を見極め、方向性を 見誤らないようにしたい。
■ 自然への畏敬を取り戻そう
人間は自然を操作し、変えようとしてきた。その「しっぺ返し」が来ていると きに、さらに「不自然」な技術の追求が解決策になるだろうか。水と土と空気、 環境が健全であれば、植物や動物の能力が最大限に発揮され、すべてが健康に持 続できる。
それを、化学肥料が発揮してきた効果を否定するわけではないが、化学肥料の 多投などで短期的にもうけを増やそうとすれば、土壌微生物との共生が破壊され、人間にとっての作物の栄養分も足りなくなる。
土壌に暮らす微生物が、食べ物と共に腸内に移住したものが一部の腸内細菌の 起源との見方もある。土壌微生物のおかげで、植物の健康も人間の健康も保たれ る。だから、「三里四方」などの言葉通り、地域の土と水と太陽で育った旬の野菜 などを食べるのが一番健康によいと江戸時代から言われている。免疫学者の藤田 紘一郎氏(故人)は植物の持つ抗酸化物質「フィトケミカル」は太陽光をしっかり 浴びた露地野菜に豊富だと指摘していた。
新技術開発を否定するわけではないが、自然の摂理を大切にし、生態系の力を 最大限に発揮できるように、基本に返ることが、今こそ求められているのではな いだろうか。ほんとうに持続できるのは、人にも生き物にも環境にも優しい、無 理しない農業、自然の摂理に従い、生態系の力を最大限に活用する農業(アグロ エコロジー)ではないだろうか。経営効率が低いかのようにいわれるのは間違い だ。最大の能力は酷使でなく優しさが引き出す。人、生き物、環境・生態系に優 しい農業は長期的・総合的に経営効率が最も高いのである。
ただし、耕地の99.4% を占める慣行農家と0.6% の有機・自然栽培農家は対立 構造ではない。安全でおいしい食料生産への想いは皆同じであることも忘れては ならない。肥料、飼料価格が2倍近くになっても踏ん張ってくれている農家全体 を支え、かつ自然の摂理にしたがった循環農業の方向性を視野に入れた食料安全 保障政策の再構築が求められている。
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